定年間近のエンジニアが語る、“成熟の白”──ニューガンダムという理想の到達点

ニューガンダム編──“後から出会った運命の白”を語る

私は機械が好きで、ロボットが好きで、モビルスーツが好きです。

その原点は、小学生のころテレビで偶然目にした**『機動戦士ガンダム』**でした。

当時のロボットアニメといえば、1話完結で悪役ロボットが登場し、最後には主人公ロボットがそれを倒してめでたしめでたし、というのがお約束で、子供心に分かりやすく、安心して楽しめる作品が多かった時代です。

しかし『機動戦士ガンダム』は違いました。

戦争のむなしさや人間の弱さ、組織の現実、そしてアムロの成長が重なり、ロボットが単なるヒーローではなく兵器として“生きている”と感じられるほどのリアリティがありました。

その衝撃というか、幼心になんか今までと違うなという違和感を感じていたのを覚えています。

ガンダムと共に成長した時代

小学生のころに初代ガンダムを見て、そのままZガンダム、ZZガンダムと続けて視聴してきました。

大人びた世界観や複雑な人間関係に、まだ理解の追いつかない部分もあったものの、それでも「ロボットと人間のドラマ」というテーマが、年齢と共に少しずつ腑に落ちていく感覚がありました。

そして大学時代になると、『ポケットの中の戦争』や『ガンダムSEED』など、ガンダムの作品群はさらに広がっていきました。

ただ、ひとつだけ“空白”があったのです。

『逆襲のシャア』を見ていなかったことです。
そして、その結果として――ニューガンダムという存在を長い間知らなかったこと。

今思えば、ガンダム好きとしてはあり得ない穴ですが、当時はそこになぜか縁がなかったのでしょう。

ニューガンダムとの出会いは“映像”ではなかった

そんな私がニューガンダムを知ったのは、映像作品ではありませんでした。

きっかけは、ある店頭でふと目に入ったフィギュアです。

棚の中に佇んでいた白いモビルスーツ。

左右非対称のフィン・ファンネル。

黒い装甲のライン、黄色の差し色、どっしりと構えた姿。

その瞬間、私は思わず立ち止まり、しばらく動けなくなりました。

「なんだ、この完成されたスタイリッシュなガンダムは?」

名前すら知らずに見惚れてしまったのです。

そしてパッケージの文字で初めて知りました。

「ν GUNDAM(ニューガンダム)」

正直、そのときは衝撃でした。

ガンダムをずっと観てきたつもりでいたのに、この機体を知らなかったとは?

それほどに、ニューガンダムの存在は“後から出会った新しい運命”のようでした。

フィギュアから入ったからこそ分かった“形の説得力”

私はエンジニアという職業柄、どうしても形や構造の説得力に目がいきます。

ニューガンダムの造形には、まさにその“説得力”が宿っていました。

● 無駄を削ぎ落とした直線的なライン
● 主張しすぎない白の色味
● 兵器としての合理性を感じさせる装甲配置
● 左右非対称でも破綻しないバランス感
● 背部のフィン・ファンネルが醸す静かな緊張感

どれを見ても破綻がなく、理にかなっている。

私はそのフィギュアを手にしたとき、「これこそエンジニアが惚れ込むデザインだ」と素直に思ったのです。

そしてその美しさは、今でも飾って眺めるたびに新鮮に蘇ります。

おおげさではなく、飾ってある棚の前に立つと、心がすっと静まる瞬間があるのです。

ニューガンダムの白は“大人の白”

私は以前から白い機体が好きでした。

イングラムの白、ジュノーンの白、そしてニューガンダムの白。

しかし、よくよく比べてみると、どれも少しずつ意味が違います。

イングラムは現場感のある白。
ジュノーンは神聖でシンボリックな白。
そしてニューガンダムは――人生の重みを知った大人の白。

真っ白ではなく、どこか落ち着きのある白に感じます。

華やかではないのに、立っているだけで存在感がある。

それはアムロ・レイという人物の成熟と見事に重なります。

若いころのアムロは、理想と怒りと苦悩の中で戦っていました。

しかし、ニューガンダムの頃のアムロは違います。

戦いの意味を理解し、自分の役割を理解し、それでも未来のために戦う。

その“静かな覚悟”が、ニューガンダムの白からははっきり伝わるのです。

ニューガンダムの技術思想──破壊ではなく、守るための力

『逆襲のシャア』を後から観たとき、私はフィン・ファンネルの真価に改めて驚かされました。

ニュータイプ専用の武器という枠を超え、まさに“人の心をつなぐテクノロジー”として描かれる最終局面で、アクシズを押し返すあのサイコ・フィールドのシーンは、エンジニアとして胸が熱くなる瞬間でした。

技術は本来、人を守るためにある――その理想を体現していたのが、あの光に包まれたニューガンダムだったのだと思います。

あのシーンを目にしたとき、「自分がこの機体に惹かれた理由はこれだったのか」と深く腑に落ちました。

映像作品より先に“心を掴んだ”モビルスーツ

ニューガンダムに出会う順番が逆だったことは、今ではむしろ良かったと思っています。

フィギュアの存在感に心を奪われ、その機体が登場する作品に後から触れ、そこで“意味”を知る。

これはある意味、子供のころにロボットを好きになった順番とは真逆です。

まず形に惹かれ、後から物語へと潜っていく。

年齢を重ねたからこそできた体験だったのではないかと思っています。

飾ってあるνガンダムのフィギュアは、今も私の部屋で静かに佇んでいます。

仕事で疲れた日でも、その白い姿を眺めると、「まだやれるぞ」と背筋を伸ばしてくれるような気がするのです。

おわりに──“後から出会った本命”という幸福

ニューガンダムは、私にとって“後から出会った本命”です。

学生時代に知っていたわけでも、リアルタイムで観たわけでもない。

それでも、今こうして人生の後半に差し掛かった時期に心を奪われたということは、きっと特別な縁があったのだと思います。

白い機体に惹かれる理由は、人それぞれでしょう。

私にとってのニューガンダムは、エンジニアとしての理想、大人としての覚悟、そして“静かな強さ”の象徴です。

出会う順番が遅かったからこそ、この機体の持つ意味をより深く味わえたのかもしれません。

これからも私は、あの白い機体を静かに眺め続けるでしょう。

ニューガンダムは、いつの間にか私の“心の中の白”になっていたのです。

【僕を虜にした昔懐かし白い機体ロボットはこちら】

▼イングラム(パトレイバー)編▼

▼VF-1 バルキリー(マクロス)編▼

▼L.E.D.ミラージュ(ファイブスター物語)編▼

▼ジュノーン(ファイブスター物語)編▼